私の神様

    作者:呉羽もみじ


     岸川・アマネ(きしかわ・-)にとって、クラス委員長である那由他(なゆた)は神にも近い存在だった。
     その神が堕ちる瞬間を目撃してしまったのだ。
     彼が大勢の人に好意を持たれているのは知っていたが、それは神としては当然のこと。 慕われない神など神であってはならない。
    「好きです……付き合って下さい!」
    「良いよ? でも今日は他の子と会う約束があるから、また来週ね?」
    「……酷い!」
     悪びれずに言う那由他の回答に、少女は瞳を潤ませて身を翻す。
    「まったく、面倒だな」
     髪をかき上げる那由他は、アマネが見たこともないような軽薄な顔をしていた。
     なんだ、アレは。那由他は神では無いのか? それならば。
    「要らない」
     アマネは体内から爆発しそうな程に熱くたぎる思いを殺気へと変化させる。
    「何、これ……?」
     彼女は内から発する熱に怯え、少しでも抑えようと自身を強く抱きしめ戒める。――が、それも長くは続かない。
    「要らない、いらない、イラナイ。――っ! ダメ!」
     アマネは心の中に宿った破壊衝動を必死に押し殺しながら、那由他の姿が見えなくなるまで全力で走った。

    「一般人がダークネスになりそうな気配を察知しました」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は軽く目を伏せた後、直ぐに灼滅者達の方へと向き直った。
     落ちかけている少女の名前は岸川・アマネ(きしかわ・-)。通常なら直ぐに人間としての意識を手放し本能の赴くままに殺戮を始めるのだが――彼女はそれに抗っている。
    「もし彼女が灼滅者の素質を持つのならば皆さんの手で救い出して下さい。もし、完全に落ちてしまった場合は――」
     姫子は唇を噛みしめる。
    「その場合は彼女に永遠の安らぎを。……そのようなことが無いように祈っています」
     姫子は再び瞳を伏せた。
    「アマネさんは、彼女にとって神にも等しい存在の那由他(ナユタ)さんの言動に戸惑い、それが切っ掛けでダークネスへと落ちようとしています」
     そして、
    「彼女は自身の破壊衝動に戸惑っている為、下手に刺激を与えず先ずは説得を試みて下さい。アマネさんの、今にも消えてしまいそうな人の心を取り戻せるような言葉を届けてあげて下さい。心に響く言葉があれば、彼女の力を多少なりとも抑えることが出来るかもしれません」
     戦闘場所となる学校は、夕方ということもあり人の姿も少なく一般人への対応といったものは特に考えなくて良いだろう。
     しかし。
    「走って遠ざかっているとはいえ、那由他さんの居る教室は然程離れていません。万が一、那由他さんを巻き込むようなことがあれば、アマネさんは心を閉ざし、完全にダークネスに取り込まれる恐れもあります」
     くれぐれもご注意下さい。姫子はそう言葉を添えた。
    「神様、なんて大仰なことを言っていますが、彼に対する思いは、きっと」
     恋、だと思います。
    「これからもアマネさんに素敵な恋愛をさせてあげて下さい」
     姫子は微笑み「どうかよろしくお願いします」と頭を下げた。


    参加者
    御園・雪春(夜色パラドクス・d00093)
    レンヤ・バルトロメイ(天上の星・d01028)
    穂之宮・紗月(セレネの蕾・d02399)
    森田・依子(深緋の枝折・d02777)
    楯縫・梗花(さやけきもの・d02901)
    秋桜・木鳥(銀梟・d03834)
    相羽・龍之介(中学生ファイアブラッド・d04195)
    彩城・海松(虹彩珊瑚・d04505)

    ■リプレイ


     ――来た。
     こちらへ走って来る少女へと接触を図るべく森田・依子(深緋の枝折・d02777)はさり気なく少女の行く先を阻むように廊下を歩く。
    「きゃっ?」
     前に人が居るかもしれないといったことを全く失念してしまっていたらしい少女は、依子と正面からぶつかりその場に尻もちをつく。そしてそのままの姿勢で動かない。
    「ご、ごめんなさい」
    「おい、大丈夫か?」
     動かない少女を心配して、依子と御園・雪春(夜色パラドクス・d00093)が声を掛ける。
     ずっと下を向いていた少女――岸川アマネが顔を上げる。髪に隠れていた瞳は獣の持つ殺気とほぼ変わらず、依子と雪春は思わず生唾を飲み込む。が、それに気付かない振りをして微笑みを作る。
    「私、こそ、ごめ……なさい。平気、だから、そっとしておいて」
     アマネの瞳の色が少女に戻った。彼女は腕を自身の手でしっかりと掴み、しゃがみこんだ姿勢のままでやんわりと彼らを拒否する。
    「何かあったんですか? 痛そうな顔をしています」
     心が、とても痛そう、と付け加え、依子は柔らかい微笑みをたたえたままアマネの顔を覗き込む。
    「別に、何も」
    「何があったのか分かりませんが、事情を知らない人の方が、喋りやすくないです? ここじゃあれですから屋上なんかどうですか?」
     ダークネスに身を落としそうな程に、心乱れ、不安と独り戦ってているアマネにとって初対面であるのにも関わらず、親切に心を砕いてくれる依子の言葉は彼女の心を掬い上げるのに難しくは無かった。
    「行こうか」
     アマネは雪春の伸ばす手に暫しの躊躇いを見せたが、そっと手を掴んで起き上がる。
    「(誘導は何とか成功したな)」
     アマネが掴む手とは反対の手でポケットに忍ばせた携帯電話を持っていた雪春は、携帯電話から手を離し彼女を両手を使って起き上がらせた。
     こちら側へ戻ってくるようにと願いを込めて。


     屋上には秋というには少し憚られるような寒々しい風が吹いていた。
    「(……寒いからずっと屋上に出てるのは弱るけどね)」
     制服の違いを誤魔化す為に着ていたパーカーが思いもよらないところで役に立った、と秋桜・木鳥(銀梟・d03834)は苦笑を零す。
     同じく屋上で待機していたレンヤ・バルトロメイ(天上の星・d01028)、相羽・龍之介(中学生ファイアブラッド・d04195)、彩城・海松(虹彩珊瑚・d04505)も寒そうに手で身体をさするようにしながら仲間の到着を待っていた。
     がちゃり、という音と共に屋上の扉が開く。そこには仲間である穂之宮・紗月(セレネの蕾・d02399)と楯縫・梗花(さやけきもの・d02901)の姿があった。
    「首尾は?」
    「上々。那由他君は無事眠らせたし、念の為、紗月さんと手分けして他の教室もざっと見て回ったけど、抜かりは無いと思う」
    「良し……あとは、彼女が来るのを待つだけかな」
     木鳥がちらりと扉に目を向ける。
    「連絡が無いから大丈夫な筈ですよ」
     携帯電話を握り締めながら龍之介が言う。彼はイフリートと戦う恐怖に内心怯えていた。しかし、被害をこれ以上増やさない為にもアマネを救いたいという使命感に燃えていた。
     短くは無い時間が過ぎ、もしかしたら誘導に失敗したのでは、と不安を抱き始めた頃――。
     がちゃり。
     扉の開く音が空に吸い込まれた。

    「……え?」
     アマネは屋上には誰も居ないものだと思い込んでいたらしく、待機してした灼滅者達の視線を一度に浴び、再び獣の瞳に戻り彼らを威嚇する。
     肌を焼くような熱波、視線で殺せそうな程の強い力で灼滅者達を睨みつける。
    「大丈夫ですよ。この人たちは私の友達です」
    「そう、なの?」
     依子の声を聞きハッとした表情をして、また再び少女の顔に戻る。
     しかし、一度生まれた警戒心はなかなか溶けずに、アマネの獣の瞳と少女の瞳を交互に変化させながら灼滅者達を見続けていた。
     アマネは腕を握る手に力を込め、苦しそうに浅い呼吸を繰り返す。
     隠しきれない熱波が何度も灼滅者達を襲う。
     一刻も早く彼女を救出しなくては。
    「ねえ、キミにとっての「神様」は、手の届かないくらい遠いもの?」
     木鳥が唐突に口火を切る。
    「神様ってさぁ、本当はいないんだよ」
     それに雪春が言葉を添える。「神」という言葉にアマネは少なからず動揺したらしく熱波が一時的に収まる。
    「何を言って……私の、私の神様は」
    「なぁ、もっとシンプルにさ。彼のことどう思ってんだよ」
    「あの人は、私の」
    「恋は焦っちゃ駄目だ。自分の気持ち、彼にどれだけ伝わった? 全てを伝えきれた?」
    「恋なんて軽いものじゃない! あの人は! 私の」
     海松、レンヤの声に後ずさりながら首を振り抵抗をするアマネ。
    「那由他君への思い、胸のうちにあるものを、全部吐き出して、向かい合えば良い。 その思いは、受け止めるから……!」
    「違う! あの人は……あの人は……! ――っく!?」
     梗花の発した「那由他」という単語が呼び水となったらしい。アマネは内にこもった熱を一気に放出させる。
    「グルルル……」
     少女の口から発せられたとは到底思えないような唸り声が屋上に響く。
     彼女の変化に灼熱者達は頷き合いスレイヤーカードを取り出す。
     思いは必ず届く。直ぐに届かなくても何度でも、何度でも伝えれば良い。
     アマネの心の強さを信じ、灼熱者達は攻撃を開始した。


    「正気を取り戻してもらうまでは手加減は無しだ!」
     海松が渾身のティアーズリッパーをアマネに放つ。それとワンテンポ遅れて雪春がナイフを振るう。
    「ガウゥゥ!」
     二人の攻撃を煩そうに振り切りアマネは炎を纏い手近に居た海松へ攻撃を叩きつけようとする。
    「させません!」
     依子が叫び海松とアマネの間に割り込む様に攻撃を受け止める。重い一撃に一瞬意識を手放しかけるが、頭を振りぶれる視界を元に戻す。
    「アマネさん! 大事な人の知らない顔を見てショックなのはわかります。 でも、それぐらい好きって気持ち、消す必要なんて無い。 いらないものじゃない。 壊して、傷つけたら、自分の心も傷つけちゃう!」
     必死にアマネに呼びかける。
    「ガアァァァ!!」
     言葉を遮るようにアマネが炎を纏う。本来ならば、イフリートの力は灼熱者が8人居ても敵うかどうか難しい程の圧倒的な力の差がある。
     アマネは灼熱者達と戦いながらも、自身の心とも戦っている。それが絶望的な力の差を埋める救いとなっていた。
     何度も身体を焼かれながらも灼熱者達はアマネへ言葉を届け続ける。
    「まだ戸惑っているようなら、一つずつ思い出してって。那由他君を見て、感じた、奥に有るキモチがきっと、アマネさんにとって大切な筈だから」
     焦らなくても良い、と紗月はアマネへと言葉を届ける。
    「イキナリだったから、びっくりしてしまったけど、それでも、彼を巻き込まなかったっていうことは、知ってしまった後も変わらず、彼を大事に想えているんだね」
     ダークネスに身を委ねること無く、必死に抗っていたのは全て那由他の為。
     アマネの思いを代弁するように木鳥も声を掛ける。
    「ウ、ガ……アノ、人ハ……私ノ」
     獣の声の中にアマネの声が混じる。今でも彼女は闇と戦い続けている。言葉はまだ尽きていない。彼女を救う手段は、ある。
    「負けないで! 絶対に救うから!」
    「その力、好きな人を護る力に変えて。どうか闇に負けないで」
     願いと共に龍之介は影の触手でアマネを絡めとり動きを封じようとし、レンヤが彼女のたぎる思いを冷やさんとフリージングデスを放つ。
    「ウグゥ、ガウゥゥッ! ……護ル、チカラ?」
     お返しとばかりに掌に込めた炎を灼熱者達に投げつけたアマネの声が再び人間の声に戻る。
    「護ル、チカラ……。私ニ護れルの? アの人ヲ」
    「護れるよ。強い心があれば」
     問うアマネに雪春は頷く。
    「デモ、私はアノ人をコロソうと」
    「自分の感情と向き合うのは難しいよ。そして……他人と向き合うのは、もっと難しい」
     依子の傷を癒しながら梗花が声を掛ける。
    「君は、那由他君の一面を見て傷ついた。でもそれって、傷ついてしまうくらい、彼のことを想っているってことじゃないかな。そうじゃなかったら、失望した心は冷えるばかりで、決して熱くはならないから」
    「私、間違えてナイの? コノ姿にナッタのは何かの罰ジャないノ?」
    「僕達を信じてください。貴女が誰も傷つけなくて済むようにしたいんです」
     龍之介は力強くアマネに呼びかける。
    「私、ワタシ……あの人、神様、護る、救う、私……ウウゥゥ」
     少女の瞳に戻りかけていたアマネが突如苦しみ始める。
    「ウウ……ウアァァァァァ!!!」
     アマネが獣のように咆哮する。そして狂ったように灼滅者へ突進する。
     ――言葉は、思いは、届かなかったのか。
    「(……悲しいけれど、全力で止めるよ)」
     レンヤは悲しげに嘆息を漏らし、アマネへとジャッジメントレイを放つ。
     アマネの様子に、何かに耐えるように一度軽く目を閉じた海松は、彼女へと距離を詰める。
     聖なる光がアマネにぶつかる直前、彼女はぴたりと立ち止まり、微笑みながら両手を水平に上げ攻撃を全て受け止める。ぐらりと上体を大きく揺らしながらもアマネは、両手を広げたままその場に踏みとどまっていた。
     それはまるで自らを十字架に見立てた様であった。
     アマネの真意を図り損ねながらも海松は、狩ることを目的とした攻撃では無く救う為の攻撃へと切り替える。
    「……!」
     海松の攻撃も全て一身に受け、彼女は細い身体を震わせてその場に倒れる。
     倒れる直前に、吐息よりももっと小さな声で「あの人」では無く「那由他君」と呟いたのは灼滅者達に聞こえたのだろうか。


     屋上に風が吹く。今までの熱波を洗い流すかの様に。
    「……救えたみたいだな」
     アマネの一番傍にいた海松は彼女の変化をいち早く気付き仲間に教える。
     その声を皮切りに皆は一斉に彼女の周囲を取り巻く。
     アマネは笑っていた。泣きながら笑っていた。
    「痛ったぁ……もう死ぬかもしれない位、体中が痛いの。でも、気持ちはすっきりしてるの。なんでかな?」
     アマネを紗月がそっと起し治療をする。そして「無事で良かった!」とアマネを抱きしめる。
     紗月の優しさに触れ、アマネは声を出して泣き始める。その間にも風はゆったりと屋上を撫で熱波を拡散させる。
    「戦ってる間も、皆の声、聞こえたよ。あの人……那由他君は神様じゃない。でも大切な人だった。好き……なんだと思う」
     気付かせてくれてありがとう。アマネはそう言い頭を下げた。
    「正直、俺は恋心というものがどんなものか分かっていない。アマネのように好きな人を神聖視してしまう場合もあるんだなって」
    「う……改めて言われると恥ずかしいな」
     雪春の言葉にアマネは顔を赤くする。
    「恋……かぁ。ボクはまだ実感無いけれど、きっと素敵なものだよね?」
    「わ、私も実感したばかりだから何も言えないよ?」
     アマネの顔を覗き込みながら問う紗月に彼女は頬を赤らめたまま「うぅ……」と唸る。
    「大丈夫。勇気を出して、ひとつ、ひとつ見ていけば、知っていけば、いつの間にか近くに居る筈だよ。愛しい人は」
    「いと!? 愛しい人!? そそ、そこまでは大げさには考えてない、けどっ!」
     木鳥の歌うように話す言葉を聞き、アマネは更に顔を赤くしてシタバタする。
     もうこうなっては普通の女の子と変わらない。
     皆の周りに温かい雰囲気が流れる。
    「あ……でも、私、こんな力を持っちゃったから、もう普通の生活はもう出来ないのかなあ」
     指先に出来た小さな傷跡から、ちらりと炎を覗かせてアマネは切なげな顔をする。
     アマネの疑問に海松は灼熱者の事や学園の事を簡単に説明する。
    「大切な人を傷つけそうな力でも、守りたいと思って抑えることが出来たんだ。俺達と一緒に行こうぜ?」
    「君の力は人を助ける為に使うんだよ。それはきっと、自分を助けることにもなる」
     レンヤも微笑みながらアマネを誘う。
    「助ける為の力……」
    「これからの選択はアマネさん次第です。どうするにせよ、後悔のない様に。ここから新しい道に進んでいくためにね」
    「新しい道……」
     龍之介の声に頷き、アマネは下を向いて暫く考えていた。
     やがて、顔を上げる。
    「私、行く! 神様は居ないけど、人々を護れるヒーローはここに居るんだもん。私もその手助けをしたい。これからよろしくお願いします!」
     新しい灼熱者の誕生に、仲間は惜しみない拍手で迎え入れた。

    作者:呉羽もみじ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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